森を食べたい / 暮らし探しの旅をしてたどり着いた場所_話 01

前回の「森を食べたい / 森を食べたいに至る話_ 00」に引き続き、今回は岡山県新見市に移住するまでの回顧録である。

2017年8月 : それは誘発されました。

 

「最近、顔色悪くない!?ってか、目、死んでるけど、大丈夫!?」

 

右の口元が少しひきつり困ったような眼をして訪ねてくる同期の顔は、お勤め時代の記憶を辿るといつも初めに登場する。

古いコンクリート建屋のオフィスは昼休みの節電で照明とエアコンが消されてかなり薄暗いし、暑い。パソコンと機械油と人のにおいが充満する部屋のせいもあったと思う。

昼休みが始まっても半数ほどはディスプレイに釘付けの光景が目に映る。今思い浮かべると、パソコンと向き合ったカオ〇シのようだ。

 

会社ではかなり自由に働かせてもらえていた。担当を持たせてもらえたり、試験所をつくったり、面白い上司にも囲まれてこれ以上を求めるのは欲張りだったかもしれない。

ただ、やりたかったことができなかった。会社だから仕方がない。大学にもどるか。いっそ3度目の正直で、今度こそ全く新しいことをしてもいいな。と考え始めて3ヶ月ほど経っただろうか。

ただひたすら目の前の業務をこなして過ごしていると、退職のタイミングは計画せずとも思わぬところから降ってきた。

 

上司 >「来年から(労働)組合の委員してほしいんやけど~?」

 

と、通り掛けの軽い打診。引き受けてくれると確信していたに違いない。

一度委員になると3年はやめられない。

 

。。。無理だな。

と思った。

何かから後押しされている気分だった。

 

「え、すいません、退職考えてます」

 

との返事に、驚いた上司の顔を見て、退職宣言をしたことを自覚した。

 

会社を去ったのはそれから3ヶ月後。

1ヶ月以上溜まっていた有給で10月には荷物をまとめて帰省した。

 “ 暮らし探しの旅 ” が始まったのはそれから2週間後だった。

 

持続可能な暮らし

というものに大学時代から興味があった。貯金は少しある。時間はたっぷりできる。

持続可能な暮らしを実践している世界の人たちを訪ねて、一緒に暮らしながら、現実的か、それで生きていけるか考えようと思った。

バックパックで旅することには慣れている。パッキングはすぐに済んだ。

愛用していた45Lのmont-bellのバックパックに、1人用テント、シュラフ、ヨガマット、調理器具、調味料少々、水着少々、着替え少々、粉洗剤、ハンガー、ロープ、折り畳みバケツ、キーチェン、サンダル、カメラを詰め込んだ。

まだバックに余裕がある。何を入れよう…と悩むのはいつものこと。

海外紙幣は大体手元にある。携帯、パスポート、カード、現金少々は別の袋に入れて準備完了だ。

そして、翌日には空港にいた。

 

2017年11月: 暮らし探しの旅の始まり

タイのホステルのベッドに寝転がりながら親友に連絡を取っていた。

「会社辞めた」

親友 >「え!まじで!実家帰ってるん?」

「いや、タイいる」

親友 >「帰ってくる!?」

「うーん、わからん」

 

放浪癖を知っている彼女は、もう、帰ってこないかもしれない。と思ったのかもしれない。実際、自分でもわからなかった。

ここから、いわゆる “パーマカルチャー”(持続可能な暮らし)をしている人たちの元でワーキングエクスチェンジをしたり、ただの人助けをしたり、たまにはコースなんかも受講したりしながら点々といろんな国を渡り歩く旅が続いた。

大学とか学識とかキャリアとか、は使えない。

ただ小さなことでもできること、通用することを旅を通じて一つづつ習得していった。

 

2019年10月: 旅で得たこと

複数の友達から生存と居場所確認の連絡がくるようになっていたとき、ようやく日本に帰国した。

 

旅で得た一番の収穫は、

心強いトモダチと、フォレストガーデン(食べられる森)

という持続可能な作物生産方法に関する知恵だった。

旅の終盤はフォレストガーデンめぐりになっていて、廻った先で住みながら森の整備のお手伝いなんかもさせてもらい、空き時間にはフォレストガーデン関する本を貪るように読み、バックパックには分厚い本が5冊と電子書籍を読むためのタブレットが増えてかなり重たくなっていた。

 

食べられる森を自分でつくってみたい。そして、つくったものを食べてみたい。日本で。

 

それが帰国に踏み切った一番の理由だった。

必要なものは、土地お金

実家付近は住宅地で土地の候補がなかったため、 土地=田舎 の答えはすぐに出た。

問題は場所と資金源だ。

お金は銀行から借りるのも一つの手。だけど、お金借りて、フォレストガーデン造って、食べての自己満足じゃつまらない。

せっかくなら、この面白そうな企画、誰かを巻き込んでやりたい。できるなら、行政、だって、これからの食糧難って個人の問題じゃないっしょ。

と、我ながら自信過剰に思っていた。

 

とりあえず、# 田舎 # 移住 でネット検索すると、

JOIN 一般社団法人 移住・交流推進機構のHPはすぐにでてきた。

そこで目に留まったのが、<  地域おこし協力隊  > だ。

 

地域おこし協力隊かぁ… いいかも。

 

2020年10月: 旅の終着点

中古で購入したアクティバンに引っ越しの荷物を積み込む。

そろそろ引っ越しにも慣れてきた。段ボールが数箱に小さめの洗濯ラックなんかをそのまま放り込む。まだスペースに余裕がある。何を積み込もう…。

仮住まいのアパートに到着すると、丁度ガス屋さんが来ていて、契約するか再確認してくれた。契約内容を聞いたが、数か月だけの住まいと見込んで丁寧にお断りした。

ガス屋さん>「今日お引っ越しですか? 荷物はそれだけですか? 先生?」

仮住まい先は入る予定の先生がいない教員住宅だった。地域おこし協力隊と言ってわかるだろうか、なんだか、説明が面倒だし長時間の運転で少し疲れていた。

「…そうなんです~ 苦笑」

とだけ返事してしまった。

 

引越し先は 岡山県新見市

暮らし探しの旅の終着点に着いたと思う。

地域おこし協力隊として、森を食べに来た。

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